ダブルスタンダードの構造

「のまネコ」問題についてさらに考えてみる - 俺様かく語りき

ここの記事を読んで、ふと思ったこと。
私は顔文字板@2chの住人でモナー自体ほとんど使わなくなっていることもあり、「のまネコ問題」とは直接的に関わりがないのですが、それにしてもAA職人と反のまネコ運動の人達との温度差がこうも違うのは、「後ろめたさ」の有無なのかなあと思いました。

そもそもどこの掲示板においてもネタを出す人(生産・加工者)、ネタで遊ぶ・見る人(利用者)の比率というのは圧倒的な差があります。顔文字板の板事情 - アスキーアート・エッセイ(廃墟)の調査でもわかるように、顔文字板における生産・加工者は多くても1〜2割、利用者は8〜9割という構成が推測されます。

顔文字板のAAを例にするならば、そのモトネタの多くはマンガ、アニメやゲームなどからパクって作っているわけですが、生産・加工者であるAA職人はそれなりの後ろめたさ*1を意識しつつも、ネタのためにあえて作る*2馬鹿をやってたりします。

それで、利用者はその生産・加工者がパクる時に感じた後ろめたさというものをほとんど意識せず*3にネタを見るわけで、そこで両者の温度差が生じているのかもしれません。

のまネコ問題」関連に戻りますと、およそ平均的な生産・加工者:利用者の比率を1:9とすると、普通に考えれば9割側の利用者の声が圧倒的に大きいのは至極当然。2chのパクリ文化の「後ろめたさ」を感じずにパクることへの非難を主張出来るのは、こうした比率構造にも一つの原因があるのかと思ってしまいました。

…おっと、いけない。私も「のまネコ」地獄に引き込まれそうだぜ。

*1:ものすごい微少な後ろめたさだけどな!

*2:おそらく、そのネタがさらにパクられたとしてもほとんどの生産・加工者は純正オリジナルでない限り、それを非難しないんじゃないかな。

*3:最初に罪を犯す人は大きな蛮勇がいるけど、追従する人は気楽みたいな?